イメージ 栃木県埋蔵文化財センター Tochigi Archaeological Reserch Center
ホーム
ホーム関連施設・遺跡のご案内那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳 那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳

■メニュー
センター紹介
発掘作業
整理作業
保存処理作業
普及活動
常設展示室
各種ご案内
申請書ダウンロード
出土品の見学・閲覧
どき土器体験10(出前授業等)
センターを見てみたい!
栃木県埋蔵文化財センターだより
周辺の史跡・施設
関連施設・遺跡のご案内
施設紹介
発掘現場からのお知らせ
那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳
図書案内
Q&Aコーナー
リンク集
ツイッター運用方針

■那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳

那須地域の栃木県大田原市にある遺跡、上侍塚古墳・下侍塚古墳・那須国造碑の調査を紹介します

侍塚古墳那須国造碑(外部リンク:とちぎの文化財)


■いにしえのとちぎ発見どき土器わく湧くプロジェクト

上侍塚・下侍塚古墳と周辺の調査

 栃木県は「栃木県文化財保存活用大綱」を策定、重点項目の一つとして、重要な遺跡の調査研究と活用を掲げました。
 これに基づいて、県内に8500か所を超える遺跡の中から、元禄5(1692)年に徳川光圀が発掘したことで知られる両古墳を選び、令和3(2021)年度から調査を開始しました。
侍塚位置図 西上空からの写真
那珂川の西側の段丘に、那須で最大の古墳である上侍塚と、二番目に大きい下侍塚が造られました。どちらも前方後方墳で、県内に多い形です。
(上の地図と写真は、選択すると拡大します)

上侍塚西上空

 上侍塚古墳

 元禄5(1692)年の発掘以後、調査を行っていない古墳です。今回がはじめての精密な測量となります。
← 西上空からみた上侍塚古墳
(2021年6月撮影)

 下侍塚古墳

 昭和50(1975)年に周囲の堀、斜面に置いた石(葺石=ふきいし)、壺形土器などが調査されました。しかし、盛土部分は調査されていません。
下侍塚北東
北東からみた下侍塚古墳(2021年5月)
下侍塚東クビレ部南
1975年の調査 東クビレ部 下侍塚西裾葺石
1975年の調査 後方部東裾の葺石

 両古墳の正確な大きさと形、造られた時期差、光圀による修復状況を調べるため、墳丘や周囲の堀を発掘することが必要です。地中レーダーで内部を探査した結果も加えて、今後の調査内容を検討します。
更新日 令和3(2021)年9月10日(金)
page top(最初に戻る)

■上侍塚・下侍塚古墳と周辺の航空レーザ測量図

遺跡那須最大級の前方後方墳 2基
所在地栃木県大田原市湯津上
時期古墳時代 前期(約1,650年前)
計測日令和3(2021)年6月18日
作成範囲南北2km・東西1.2km
計測密度1u あたり16点以上
実施栃木県教育委員会

上侍塚古墳の航空レーザ測量図 下侍塚古墳の航空レーザ測量図 両古墳周辺の航空レーザ測量図
 航空機からレーザ光で地面の高さを測り、三次元測量を行いました。赤色立体図(左)では、高い所は明るく、低い所は暗く、急傾斜が赤く示されます。
 どちらの古墳も、後方部の墳頂部がやや窪んでいることが分かります。上侍塚古墳は、周囲にわずかに低い場所がみられ、墳丘にも不自然に窪んだ部分があることが分かりました。下侍塚古墳の周囲の堀がくぼんでいる様子と、北東(右上)の古墳8箇所がよくわかります。那珂川の段丘の崖からの距離は、古墳によってさまざまです。

更新日 令和3(2021)年8月19日(木)
page top(最初に戻る)

■栗田寛『葬礼私考』(1876)の侍塚出土品絵図

水戸藩士の栗田寛が慶応二年(1866)に作成して、明治九年(1876)に京都の北野神社から刊行された『葬礼私考 附録』に掲載された、上侍塚・下侍塚古墳の出土品絵図です。元禄五年(1692)に水戸から派遣された絵師が描いた出土品の彩色絵図、またはその写図が水戸藩に当時は保管されていて、それを元に掲載したものと見られます。
上侍塚古墳の鏡・鏃・釧 下侍塚古墳の鏡 下侍塚古墳の土師器高杯
下侍塚古墳の土師器壺
京都府立 京都学・歴彩館の提供と許可により画像を掲載しています。
『葬礼私考』と『葬礼私考 附録』は、国立国会図書館デジタルコレクションでデータが公開されています(モノクロ画像)。
『葬礼私考』 『葬礼私考 附録』(外部リンク)をごらんください。
更新日 令和3(2021)年6月21日(月)
page top(最初に戻る)

■元禄四年・五年(1691年・1692年)の調査記録『湯津神村車塚御修理』

侍塚古墳(車塚古墳)で行われた、日本で最初の遺跡発掘調査の記録です。徳川光圀(水戸黄門)の指示により、儒学者の佐々介三郎宗淳(助さん)と、小口村名主の大金重貞が、那須国造碑(7世紀末)・上侍塚古墳と下侍塚古墳(4世紀後半)を調査しました。画像を開くと、現代語の説明がついています。調査・記録方法の手本がない時代の努力が伝わってきます。
p1p2表紙・前書き p3p4那須国造碑の覆堂 p5p6那須国造碑の覆堂
下侍塚遺物
p7p8下侍塚古墳の発掘調査 p9p10上侍塚古墳の発掘調査 p11-p13下侍塚古墳の出土品
下侍塚遺物 上侍塚遺物
p14-p16下侍塚古墳の出土品 p17-p19上侍塚古墳の出土品 p20p21出土品を入れた箱に文章を書いて埋め戻す
原史料は 那珂川町 大金重晴家所蔵・栃木県立文書館寄託
この史料に関する詳しい研究や、釈文(書き起こした文字)については
斎藤忠・大和久震平著『那須国造碑・侍塚古墳の研究−出土品・関係文書−』吉川弘文館(1986年)をごらんください。
更新日 令和3(2021)年7月2日(金)
page top(最初に戻る)

このサイトについて個人情報保護について著作権・リンクについて各種お問い合わせ

Copyright©2006 Tochigi Archaeological Center. All rights reserved.